夢
妄想の中の僕はいつも幸福だ。 どんなことだってできるし、誰にも負けない。 まるで宝くじが当たったかのように幸福だ。 でも、現実の僕はそうじゃない。 誰にも勝てず、何もできない。 今日だって、宝くじは当たらなかった。 毎日人を傷つける妄想が時間を…
一枚の扉があった。 僕がずっと開けたかった、変化の扉だった。 いや、僕は本当は開けたくなかったのかもしれない。 両手いっぱいに抱えたものがなくなるような気がして、僕はノブに触れていつでも開けられるように準備していた。 昨日、僕の手から一つのも…
朝、ふと見たガラスに自分の顔が写った。 右頬に大きく「無能」と書かれており、思わず右手でさすってしまう。 少しだけ冷たい風が吹き、瞬きをした後に残ったのは何者でもない自分だった。 これは自身の劣等感を表した幻覚なのだろうか。 気にしていても仕…
ある男がいた。 その男は周りから親切な良い人と評判だった。 男は評判通り困っている人を助けるのはもちろん、他人のためになることはできる限り行う人だった。 しかし、男には気の許せる友人が全くいなかった。 というのも、男は不幸なことが起こる度に人…
ある男が篠笛を趣味として始めた。 彼はフルートの経験があり、始めるにあたっての障害はそれほど多くはなかった。 人に篠笛のことを話しても、良い印象を持たれることが多く、男も篠笛のことを話すことが好きになり、ますます練習に励むようになった。 その…
私の住む国は王政である。 一人の人物を皆の代表として立て、多様な意見をまとめ上げる役を担う。 国民が少ないため、全ての者を集めて意見を交換することができる。 その点においては直接民主制のように見えるなど、多少の矛盾が見えるが、その制度を見直す…
その少女が生まれて父はすぐに亡くなった。 それまで専業主婦であった母は苦労しながらも職に就き、決して裕福とは言えないまでも、それなりに満足した暮らしを送ることができていた。 しかし、父が亡くなって十三年目の秋、少女は自身も母の助けになりたい…
私が幼い頃、Kこども園はK保育園という名前だった。 その保育園は午前に子供を遊ばせ、午後は昼寝をさせるという、特に変わった所のない普通のものだった。ただ、私が生まれる十数年前に大規模な交通事故によって児童が複数亡くなっており、慰霊碑があった。…
とある場所で、人々は笑顔を浮かべて踊っていた。 冬の夜のことである。 木々は凍り付き、湖に水気が感じられないほど凍える夜。 彼らは炎を囲って踊っていた。 今まで見たことのないほど大きく、激しく燃える炎の前である者は歌を歌い、またある者は酒を飲…
桜色の風が吹く。 流水のように滑らかで、子の頬を撫でる母親のように優しく温かい風。 とある島の一部には常に桜の花が咲き続けている。 時が止まってしまったかのように、季節は春以外全てどこかへ行ってしまった。 この地に住む者達に争いはなかった。 温…
暗い神殿。四つの像。三人の法師と私。 像はそれぞれ扉となっており、選ばれた者のみが像を動かすことができる。 私は青龍の像を動かすことができ、今は法師達に動かす方法を教えてもらっていた。 手を合わせて目を閉じ、滑るように左に移動しながら右を向く…
ある女がいた。 その女はヘビースモーカーだった。 別段、日常的にいら立っているような人ではなかったし、周りに喫煙者がいるわけでもない。 煙草を吸っている自分に酔いたくて吸っていたら、いつの間にか本数が増えてしまっていた。 その女は煙草の量が増…
月になるより、ごく普通のミドリガメとして生きたかった。 私がダイヤモンドの原石だったのなら、磨かずに埋めておいてほしかった。 女は常に劣等感を持っていた。 他の者と比べなくても分かるほど酷い肩の傷。 幼い頃、熱湯を浴びたことでできた、二の腕を…
ある蒸し暑い夏の日、女は田舎にある実家にいた。 盆であるから帰っているだけで、それ以外の理由はなかった。 その日、女は親戚たちと大広間で食事をし、かつて自分が使っていた部屋で寝ることにした。 食事が終わり、部屋に入ったところで女は奇妙な音が聞…
砂糖人形達は生まれた時から狭いガラスケースに入れられていた。 人間には分からないが、彼らには意識があり、彼らの間では意思の疎通がとれていた。 彼らは姿形が全く同じである。 彼ら同士も、自分以外の見分けは正直怪しいものだった。 それはしましまの…
その犬は小さい頃から人の言葉を解した。 単語ではなく文で、それもその国の細かい音韻体系を完璧に理解し、抽象的な概念も網羅していた。 その犬は右耳の頂点が欠けているのが特徴のシベリアンハスキーだった。 悪質なブリーダーの元で生まれた彼は、決して…
実験室にて、私は上司と向き合っていた。 「あなたがここで働くには、1度死んでもらわなければならない」 そういわれ、私は何の疑問も持たぬまま巨大な歯車の前に立った。 痛みはあるのかと問うと、上司は首を横に振る。 「一瞬で終わるから、痛みを感じる…