さよひめ

その少女が生まれて父はすぐに亡くなった。

 

それまで専業主婦であった母は苦労しながらも職に就き、決して裕福とは言えないまでも、それなりに満足した暮らしを送ることができていた。

 

しかし、父が亡くなって十三年目の秋、少女は自身も母の助けになりたい一心で、母に無断でアイドルの事務所へ応募した。

少女は高校生だった。

 

複数回のオーディションを重ね、少女は見事合格。

比較的大きな事務所であったため、新アイドルとして着々と仕事を受け、同時に金も手に入れた。

少女は、母親に金を渡す際に初めてそのことを告白した。

母は娘が自身のためにしたことに胸を打たれ、涙を流した。

二人の生活は少しずつ、裕福になりつつあった。

 

しかし、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気が出る、という訳にはいかない。

むしろ逆で、一年も経たないうちに仕事はほとんどなくなった。

事務所の中でも肩身が狭くなりつつあった。

 

そんなとき、少女の心を救ったのは父の形見である一冊の本だった。

短編の物語集であり、一つの話の中でいくつも心に刺さる言葉があり、少女はいつもその本を持ち歩いていた。

 

 

ある日、少女のもとに一つの仕事が舞い込んでくる。

明らかに今までの仕事よりも好待遇であり、彼女はすぐに飛びついた。

ただ、事務所を経由したものではなかったことが気がかりではあった。

 

それが、成人向けの映像を撮る仕事であることは現場で知った。

半ば騙されていた少女は拒否しようとするが、周りの圧力がそれを是としなかった。

 

少女は口に出す。

 

「人は何度でもやり直せる」

 

周りに向けて、というよりもこれからの自分のことを思って放った、自分自身への言葉だった。

 

もちろん、それを聞いた周りも特に気にする様子はなかった。

なぜなら、全員がまさか自分が蛇になっているとは思っていないからだ。

九百九十九人の人生を喰らい、それ以外の者に利益を横流ししても尚、自分自身を善人だと信じていたい醜い人の心を彼らは持っていた。

蛇と自覚していない者が人に戻れるはずもない。

 

少女はそのまま大きな蛇に呑まれた。

これからあった未来と、世界への信頼と、母の幸せ諸共。

 

現代の言葉は物語程の力を持たない。少なくとも、人から借りた言葉には。