春の死

桜色の風が吹く。

流水のように滑らかで、子の頬を撫でる母親のように優しく温かい風。

 

とある島の一部には常に桜の花が咲き続けている。

時が止まってしまったかのように、季節は春以外全てどこかへ行ってしまった。

 

この地に住む者達に争いはなかった。

温暖な気候が常に続くため、それに合った作物を探すことは容易であった上、柔らかい陽光と静かに揺れる木々が人の心を落ち着けているからである。

人々は互いに協力して生活することを苦としなかった。

 

この素晴らしい島をとある富豪が買った。

彼は観光地として売り出し、利益を得ようという考えを持っていた。

島民は嫌とは言わなかった。

彼らは人のためになると喜び、富豪を称えた。

 

そして、観光地としての開発が始まった。

富豪は着々と宣伝を進め、様々な建築物を建てた。

しかし、ある時富豪は妙なことに気が付いた。

この島は一本の山脈を境に2つの部分に分けることができるのだが、島民は自身らが住んでいない側のことについては頑なに話そうとしないのだ。

富豪が山越えの準備をしていた時に、決して怒らないと思っていた島民が一喝する程だ。

 

山脈の向こうに何かがある。

島の持ち主であり、観光業として使うためには知らなくてはならない。

富豪は一旦国へ帰ると島民に伝え、反対側へ船で回り込むことにした。

 

山脈の裏側はうっそうと茂った森となっていた。

何の種類かは分からないが、花がついていないところを見る限り桜ではなさそうだ。

岸に着き、顔に飛んでくる小虫を払っていると、目の前の木の幹に一枚の紙が貼りつけられているのが目についた。

富豪はそれを手に取り、読み上げる。

 

『君はもっとよく考えた方が良い』

 

富豪はその紙を丸め、放った。

よく見ると、そこら中の木に紙が貼ってあり、あるものはひどい罵倒、あるものは皮肉、とネガティブな一言が書かれていた。

気味が悪く景観を損ねるとして、目についた紙は全て引きちぎり、まとめて燃やしてしまった。

島民の文化として残っていたものなのかもしれないが、自らが島の持ち主であることを盾に、必死に紙を処分した。

 

次の日、常春の地に戻ると富豪は目を見開いて驚いた。

島民は全員、上唇と下唇が離れないように青い糸で縫い合わせており、何かで喉を裂いて絶命していた。

争った形跡はなく、皆自殺であった。

 

島民が最も掘り起こされたくない墓場を荒らしたためであることは、鈍感な富豪にも理解できることであった。

 

こうして春は死んだ。