ある女がいた。
その女はヘビースモーカーだった。
別段、日常的にいら立っているような人ではなかったし、周りに喫煙者がいるわけでもない。
煙草を吸っている自分に酔いたくて吸っていたら、いつの間にか本数が増えてしまっていた。
その女は煙草の量が増えようが何も感じなかった。
友達が減るわけでもないし、まだ若かったので健康面の心配も薄かった。
ただ、経済的な圧迫だけは数字として重くのしかかってきた。
が、それでも女は煙草をやめなかった。やめられないのではなく、やめる理由がないから吸い続けているような状態だった。
女には、煙草を吸いたいという以外の欲がなかったのである。
しかしある時、街で見かけたオルガンに目を奪われた。
女はピアノの経験があった。
ピアノの練習に嫌気がさしてやめたのに、目の前のオルガンに対する恋にも似た気持ちは止められなかった。
オルガンはとても高価だった。
もともと収入の少ない彼女が数か月、あるいは数年節制してようやく手の出るもので、どうしても煙草をやめなくてはならなかった。
そして二つを天秤にかけ、女はオルガンを取った。
一年と半年、女は禁煙の果てにオルガンを手に入れた。
その世にも美しい音を奏でることができ、彼女は天にも昇る気分だった。
そして数か月後、オルガンがあることが当たり前になった時、彼女はふと煙草のことを思い出した。
毎日に刺激的な彩りを加えていた煙草を、今吸ったならばどんなに幸せになれるだろうと、彼女は煙草をくわえ、火をつけた。
その瞬間、彼女は強烈な吐き気を覚えた。