月になるより、ごく普通のミドリガメとして生きたかった。
私がダイヤモンドの原石だったのなら、磨かずに埋めておいてほしかった。
女は常に劣等感を持っていた。
他の者と比べなくても分かるほど酷い肩の傷。
幼い頃、熱湯を浴びたことでできた、二の腕を覆いつくすほどの大火傷は皮膚が透けていると錯覚させるように赤く、アメーバが増殖しているかの如く不均等な盛り上がりを見せている。
現在自分でも目をそむけたくなるような傷を、女はいつも人に見られまいかと怯えていた。
彼女はとある劇団で最も評判のある団員だった。
容姿端麗でスタイルも良く、演技においては批判を加えられる隙が無かった。
肩の傷については彼女が頑なに隠していたこともあり、人々は彼女を美しい満月に例えて称えた。
端的に言って、彼女は幸せではなかった。
誰もが彼女を知っていることが何よりもストレスで、それでいて誰も傷を知らないことが彼女の孤独感を煽った。
劇団にいることも、彼女が特別望んでいたわけではなく、熱湯を浴びる前から両親の強い願望に従っているだけにすぎない。
本当は劇団にだっていたくないし、舞台にもあがりたくはなかった。
月に例えられるが、スッポンにすらなりたくはない。
ただ、「月」という例えは彼女にぴったりだった。
皆の考える、静かに、凛と美しく浮かぶ姿では決してなく、裏を見せず、他の者によって顔を見せているという真逆の点で同じだった。
いつも同じ姿を、いつも同じ時に見せる。
ただ、他の者の与える力が変わるだけで、彼女の姿が変化しているように見えるだけ。
彼女は己の精神が日の光に蝕まれることを感じながら、今日も肩の傷と共に舞台へ上がっていく。