能ない鷹は何を隠す?

 

朝、ふと見たガラスに自分の顔が写った。

右頬に大きく「無能」と書かれており、思わず右手でさすってしまう。

 

少しだけ冷たい風が吹き、瞬きをした後に残ったのは何者でもない自分だった。

 

これは自身の劣等感を表した幻覚なのだろうか。

 

気にしていても仕方ないと私は職場へ足を進める。

 

 

私は断じて無能などではない。

職場での評判もそこそこで、これまで上司に怒られたことがない。

頼まれた資料は期限の半分の期間で提出するし、誰に対しても礼儀を欠かさず真面目だと言われている。

 

断じて、無能ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ただ、どこか思い当たるところがないわけではない。

 

真面目であるが故に周りが扱いに困っている様子は薄々気づいている。

 

ロクにチェックしなかった資料を提出したときの部長の苦笑いは見ないふりをした。

 

 

 

でも、それだけだ。

時にはそういうときもある。

 

いつも自分に言い聞かせている。

 

無能なんかじゃない。

 

いつだって私は普通なのだ。

 

有能ではない。ただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

職場で名札を身に着けようとデスクから取り出す。

 

丈夫なプラスチックには「無能」と刻印されていた。

 

私は名札をポケットにしまい、パソコンを起動させる。

 

いつも通りパスワードに「無能」と入力し、メールをチェックする。

 

 

無能宛てのメールは一つもなかった。

 

 

代わりにあるのは上司宛のメール。

なぜ私のパソコンにメールが来ているのだろうと上司の席を見ると、そこには後輩が座っていた。

 

なにをしているのかと声に出そうとした私に口はなかった。

 

 

そうだった。

私は口を失っていたんだった。

 

 

少し恥ずかしさを覚えながら、私は再びパソコンに向きなおる。

 

私はいつものように、ゴミ箱のフォルダへ無能な私を放り込む仕事を始めた。