宝苦慈

妄想の中の僕はいつも幸福だ。

 

どんなことだってできるし、誰にも負けない。

まるで宝くじが当たったかのように幸福だ。

 

でも、現実の僕はそうじゃない。

誰にも勝てず、何もできない。

今日だって、宝くじは当たらなかった。

 

 

毎日人を傷つける妄想が時間を奪う。

僕が見ているのは宝くじが当たった別の僕。

罪悪感もなく、歯向かう者を苦しめ、優越感に浸る。

 

これが当たれば現実の僕も楽になるだろう。

もう誰のことも考えなくて良いのかもしれない。

 

 

今日の当選者は特に酷かった。

詳しくは言えないが、とにかく酷かった。

蔑視と称した羨望の眼差しを向けた僕自身にも辟易する。

 

 

いつか、現実の僕にも当選する可能性はあるのだろうか。

何百、何千、何万分の一か、もっと少ないのか。

誰か教えてくれ。

 

 

当選は死と同じだ。

罪悪感は痛みと等しい。

だから、当たった後の罪悪感を考えるのなんて馬鹿げている。

どうせ当たるならさっさと当たってくれ。

 

でも、僕はこの宝くじを一枚も買ったことがない。

買う勇気すらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

一枚の扉があった。

 

僕がずっと開けたかった、変化の扉だった。

 

いや、僕は本当は開けたくなかったのかもしれない。

 

両手いっぱいに抱えたものがなくなるような気がして、僕はノブに触れていつでも開けられるように準備していた。

 

 

 

 

昨日、僕の手から一つのものが落ちた。

 

一番大切にしようと決めていたもの。

これと一緒にもっと奥の扉をくぐることを夢見ていたもの。

 

夢を見ていただけ。

僕は扉を開けなかった。

 

それが落ち、粉々になったとき、僕は全てのものを落とした。

 

 

僕は、茫然としながら、ひとりでに開いた扉と向き合っていた。

 

僕にはこの扉をくぐる勇気はない。

 

 

 

能ない鷹は何を隠す?

 

朝、ふと見たガラスに自分の顔が写った。

右頬に大きく「無能」と書かれており、思わず右手でさすってしまう。

 

少しだけ冷たい風が吹き、瞬きをした後に残ったのは何者でもない自分だった。

 

これは自身の劣等感を表した幻覚なのだろうか。

 

気にしていても仕方ないと私は職場へ足を進める。

 

 

私は断じて無能などではない。

職場での評判もそこそこで、これまで上司に怒られたことがない。

頼まれた資料は期限の半分の期間で提出するし、誰に対しても礼儀を欠かさず真面目だと言われている。

 

断じて、無能ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ただ、どこか思い当たるところがないわけではない。

 

真面目であるが故に周りが扱いに困っている様子は薄々気づいている。

 

ロクにチェックしなかった資料を提出したときの部長の苦笑いは見ないふりをした。

 

 

 

でも、それだけだ。

時にはそういうときもある。

 

いつも自分に言い聞かせている。

 

無能なんかじゃない。

 

いつだって私は普通なのだ。

 

有能ではない。ただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

職場で名札を身に着けようとデスクから取り出す。

 

丈夫なプラスチックには「無能」と刻印されていた。

 

私は名札をポケットにしまい、パソコンを起動させる。

 

いつも通りパスワードに「無能」と入力し、メールをチェックする。

 

 

無能宛てのメールは一つもなかった。

 

 

代わりにあるのは上司宛のメール。

なぜ私のパソコンにメールが来ているのだろうと上司の席を見ると、そこには後輩が座っていた。

 

なにをしているのかと声に出そうとした私に口はなかった。

 

 

そうだった。

私は口を失っていたんだった。

 

 

少し恥ずかしさを覚えながら、私は再びパソコンに向きなおる。

 

私はいつものように、ゴミ箱のフォルダへ無能な私を放り込む仕事を始めた。