打算

ある男がいた。

 

その男は周りから親切な良い人と評判だった。

男は評判通り困っている人を助けるのはもちろん、他人のためになることはできる限り行う人だった。

 

しかし、男には気の許せる友人が全くいなかった。

というのも、男は不幸なことが起こる度に人へ不平を言っていたからだ。

 

男は親切を金と同じようなものとして考えており、返さないものを厳しく責め立て、憎むようになっていった。

 

それでも、男は表面上は他人のため、内面は自分の富のために親切を貸し続けた。

親切を返す者はそれなりにいるものの、返すことなく疎遠になる者も少なくなかった。

男は手持ちの金が減っていくのと同じような焦りを感じ、前よりも一層人に厳しくなった。

 

いつしか、男の周りに親切を貸せる者はいなくなってしまった。

貸せたとしても帰ってくる見込みはほとんどなく、男は親切にすることをやめてしまった。

 

男は原因を考えた。

なぜ、親切にしていたのにも関わらず、周りから人がいなくなってしまったのか。

 

そして気が付いた。

男が金と同じだと考えていたものはいつからか親切から、その人自体へと変わっていったことに。

 

そして、親切と人が決して切り離すことができないことに。

篠笛

ある男が篠笛を趣味として始めた。

 

彼はフルートの経験があり、始めるにあたっての障害はそれほど多くはなかった。

人に篠笛のことを話しても、良い印象を持たれることが多く、男も篠笛のことを話すことが好きになり、ますます練習に励むようになった。

 

そのうち、自分の同僚などを相手に演奏するようになって、褒められる味を知り、男も自身の上達を実感していた。

 

ある時、男は篠笛の奏者の集まりがあることを知った。

彼は迷うことなく参加することを決めた。

 

そして、その場所で男は圧倒された。

他の奏者の実力、技術に。

 

そこで男は、自身が本当に好きなものは篠笛を演奏することではないことに気づいた。

 

男は演奏に参加したその日、篠笛を捨てた。

分解と再構成

私の住む国は王政である。

 

一人の人物を皆の代表として立て、多様な意見をまとめ上げる役を担う。

国民が少ないため、全ての者を集めて意見を交換することができる。

その点においては直接民主制のように見えるなど、多少の矛盾が見えるが、その制度を見直す動きはなかった。

 

国土は一つだ。

おかしな表現かもしれないが、仕方がない。

全ての国民、また王は同じ国土にて生活を送っている。

海も山も木も土すらもない国。

それなのにも関わらず、皆不自由なく過ごすことができている。

 

国の最も重要な問題は外交にあった。

日があたらず、特に生産性もないその国を、他国は不気味に思って深い仲になろうと考えなかった。

もっとも、外交で得られる利益などたかが知れている、と国王は考えていたが、他国の侵略平気の的となることを恐れていた。

親密になることでようやくゼロとなる、なんとも馬鹿げたものだ。

 

この国には王に逆らう者はいないが、守ろうとする者もいない。

全ての問題が王自体にあるとは思っていないし、そもそも王を失うことには何の意味も持っていないと理解していた。

感情的なことを口に出したところで王は動かない。

 

国民はそれぞれ一貫した考えを持っている。

こだわりともいえる「それ」に異常な執着を見せる。

しかし、やはり「それ」に相反する政策の決定が下ることもある。

その時、国民は暴れたり、頑として「それ」を押し付けたりはしない。

国の決定において、「それ」は逆らう力を持っていないのである。

 

これらは元々、全て一つのものだった。

いつしか、好奇心などによって分化し、矛盾を一つの袋でまとめたような歪んだ国となってしまった。

誰も、国王の苦悩を知ることはできない。

 

それどころかこの国の存在すら掴むことができないかもしれない。