秘境のゴミ屋敷の間取り図をこっそり紹介します

 

どうも皆さん、アマちゃんです。

 

今日は角田さんもメメちゃんもいないので、久しぶりに好き勝手やっちゃいます。

 

そんなわけで、今日は角田さんが秘密にしていたこの「秘境のゴミ屋敷」の間取り図を紹介しちゃいます。
嬉しいですね。

 

 

では、さっそく公開しちゃいます。

 

 

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これはさっき言った通り、秘密の資料ですので、取り扱いには十分注意してくださいね。

 

では、ざっと説明します。
正面玄関から入ってすぐにリビングとキッチンがあります。
ここには基本私がいます。

 

 

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リビングから伸びた廊下を進むと、角田さんのお部屋があります。
基本ブログの記事を更新するときは私達も角田さんの部屋に行きます。

 

そのまま廊下を進んでも、空き部屋が3部屋あるだけです。
勿体ないですね。

 

 

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反対の廊下を進むとすぐにメメちゃんの部屋があります。
この部屋は元々空き部屋だったのですが、メメちゃんの魂を生成した際に使ったおかげで今でも瘴気が漏れ出しています。
もはやメメちゃんしか入ることができません。

 

メメちゃんの魂生成に関しては下の記事をご覧ください。

 

 

rightuncle.hatenablog.com

rightuncle.hatenablog.com

 

いかんせん空き部屋や物置部屋が多いので、紹介する所といえばそれくらいでしょうか……。

 

え、どうして私の部屋もあるのにずっとリビングにいるのか、ですか?

 

 

…………。

 

 

 

………。

 

 

 

……。

 

 

 

お手洗いが遠いからです。

 

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私の部屋はなぜか角田さんから一番遠い所にあるんですが、これはなぜなのでしょうね。
避けられているのかもしれません。

 

なので、寝るとき以外はずっとリビングにいます。
たまに気づかずメメちゃんに踏まれたりしますが。

 

以上です。

 

 

 

僕が大学に合格した日

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

どうも、角田です。

今回はテーマが「記憶に残っている、あの日」ということで、僕が大学に合格した日のことを書いていこうと思います。

 

最初に言っておきますが、これはいい話ではありません。

希望の大学に合格という嬉しいことだらけの出来事の中にある、どうしようもない一つの後悔をお話しようと思います。

 

 

まず、僕は高校入学当時、勉強はそれほど得意ではありませんでした。

自己評価でいうなら中といった感じでしょうか。

赤点になって苦しむということもなければ、成績上位に食い込んでいるわけでもない、中間にいました。

ただ、これは僕の通っていた高校の中での話。

 

僕の高校はそれほど頭の良い高校ではありません。

偏差値で言うなら45とかになるかと思います。

実際、僕が高校入学時に受けた小論文の模試の全国偏差値は45、学校偏差値は50程でした。

 

で、僕が合格した学部は偏差値55くらいのところでした。

それほど大したことがないのですが、当時の僕や高校からすればほんの一握りの人が入学できるかどうかというレベルの高い大学という認識でした。

 

高校に入学してしばらくしてから僕は勉強を頑張り出したこともあり、学年順位がみるみる上がって、高校3年生になる頃にはその大学の推薦を貰えました。

推薦の試験内容は面接と小論文。

先にも言った通り、僕の小論文の偏差値は1年生の時に受けた45のまま。

とてもじゃありませんが合格できるとは思えません。

 

そのため、推薦が決まった日から、現代文の先生との猛特訓が始まりました。

夜遅くまで指導してもらい、家に帰ってからは別の問題で小論文の問題を解くという生活を繰り返して試験に臨みました。

世の受験生はそんなものだろうと思いますが、僕も相応の努力をした経験がなかったので、この記憶は頑張って何かを成し遂げた経験として残っています。

 

そして、結果は合格。

高校で合格発表を見て、まさか受かるとは思っていなかった担任の先生も喜んでいました。

これまで一緒に頑張ってくれた先生、友達も祝ってくれて、その日は本当に幸せな気分でした。

 

家に帰り、僕は合格を母に伝えました。

母も例に漏れず大喜び。

「頑張ったね」「やっぱりあんたはできる子だね」と様々な言葉を貰いましたが、僕は苦笑いを返すことしかできませんでした。

照れ隠しではなく、母の言葉は何一つ、僕の喜びにはつながらなかったのです。

僕の心にあったのは後悔の念だけでした。

 

 

 

 

ここまでは僕が大学に合格した話。

ここからはなぜ僕が後悔をしたのかという話です。

 

時をさらに戻して中学時代。

僕の成績はみるみる下がっている途中でした。

というのも、小学校時代に僕はよくいる「特段勉強しなくても成績の良い生徒」であったため、そもそも勉強や努力をする習慣も危機感もありませんでした。

 

兄弟の中でも僕の成績は良く、両親の期待を込められていたことに天狗になっていたのかもしれません。

 

なんとなく授業を聞くだけの中学生活が過ぎるにつれ、上の成績は中の上に、中の上は中に、中は中の下になっていきました。

 

しかし、危機感というのは特段芽生えることはなく、その姿勢は高校受験の日まで続くこととなります。

僕は身の丈にあわないことにも気づけず、少しレベルの高い高校を受験していました。

その滑り止めとして、僕の通うことになる高校を受験しました。

 

結果、本命の高校は不合格。

滑り止めの高校に通うこととなりました。

 

それでも僕にがっかり感はそこまでなく、失敗したなぁ、くらいの気持ちでいました。

 

そして、高校に入学して1~2か月程経ったある日、僕に危機感が芽生える出来事が起きます。

 

僕が部屋からトイレに移動している途中、リビングにいる両親の話が聞こえてきました。

話はどうやら僕の話。

母が「どうしてあんな子」「本当に期待外れだった」と言っているのを父がなだめてるといった場面でした。

 

高校受験が上手くいかなかった段階でなんとなくは察していましたが、そこで明確に失望されていたことを知ったことでショックを受け、ようやく現状の危機感を感じました。

 

それで僕は勉強を頑張るようになったのです。

 

 

そして大学合格時。

母にそういった言葉をかけられても喜べなかったのは、就職などに向けた母の期待感を背負ったことに、ある種恐怖のようなものを感じたのです。

ただ、これは母が悪いと言った話ではありません。

自分のことを「できる人間だ」と錯覚できなくなったこと、人の失望を買うショックを既に知っていたことから起こる感情であり、それら全てを感じるきっかけとして自分の怠惰があったことは間違いありません。

 

僕はもしかしたら母の失った期待を取り戻すために勉強を始めたのかもしれません。

しかし、結果としてそれを喜ぶことはできませんでした。

そこに後悔を感じていたのです。

 

 

「失った信頼を取り戻すことには時間がかかる」というのはよく聞く言葉です。

裏を返せば、時間さえあれば信頼は取り戻すことができるというようにも聞こえますが、信頼以上に失ってはいけないもの、もう二度と取り戻せなくなるものもあります。

自分の未来を左右するものは全てに全力をかけて臨みましょう。

 

以上。

 

 

 

自分に何に興味があるのか考えてみよう!!

どうも、最近は結構ギリギリです、角田です。

 

一体どうしちゃったんですか?
どうも、アマちゃんです。

 

今日はメメちゃんはいません。

アマちゃんとの二人でお送りします。

 

いやー、前のドラゴンボールが相当効いてるね。

 

rightuncle.hatenablog.com

 

ああ、今の会社に不信感が芽生えてしまったって記事ですね。

 

 そう。

それで、一応は転職なんかも視野に入れ始めたんだけどさ。

 

まぁ、ドラゴンボールシリーズをやってる時点で視野には入ってそうでしたが。

 

それで、次はどんなとこにするかを探してるんですね?

 

うーん……探してはいるんだけど、現状の仕事で自信をかなり無くしててね。

まずは自分が何に興味があるかを考えてみたいと思うんだ。

 

なるほど。要は自己分析ですね。

 

 そういうこと。

以下の手順で自己分析をするので、同じように自分が分からなくなってる人は一緒にやってみましょう。

 

 

 

自分がこれまで好きだったもの、ハマったことを羅列する。

 

まずはベースとなるものを作ります。

自分が生まれてから今までの間で夢中になったことや好きだったことを書き出しましょう。

今嫌になっていたとしても、後のステップで消すこともできるので、今は何も考えずに羅列してください。

 

僕のは以下のものになります。

 

絵を描くこと

小説を書くこと

・楽器の演奏

レジン

マンボウの研究

・分厚い本を読むこと

・ゲーム

ドッジボール

・バレーボール

Youtubeを見ること

ドール

・読書

ブログ

・食べること

 

流石に沢山上がりそうですね。
角田さんの「マンボウの研究」など、個性的なものもあります。

 

 ここからまず分析です。

どういったものが多いかを考えてみてください。

「体を動かすこと」「作品を鑑賞すること」、「何かを作ること」、「人とかかわること」、「何かを研究すること」などの中から、大まかな傾向が見えてくると思います。

 

 羅列した中の太字になっているものは「何かを作ること」に該当します。

なので、僕は「何かを作ることが好きなんだなぁ」とぼんやり思うことにします。

 

あと、これらは面接の際の趣味などに使うこともできます。

 

自分がしたくないこと、苦手なことを一つ書き出す。

 ではステップ2です。

自分が苦手とするもの、やりたくないと思うことを一つ挙げてください

 

どうして一つなんですか?

 

嫌なことはきっと無限にあるからです。

全てのものを回避することはできないので、これだけは勘弁、というものをあげてください。

具体的な方が良いです。

 

「働くこと」……っと。

 

僕は「人と関わりながら仕事をすること」です。

 

でも角田さん。私たちのこれは流石に回避のしようがありませんよ。

 

 完全回避はしなくても良いです。

これはあくまで自己分析。

今挙げたのは、言ってしまえば自分の弱点になります。

 

ここで向かない職種が明らかになります。

僕でいうなら「営業職」と「人事職」です。

もちろん、「経理職」や「開発職」、「事務職」も人とのかかわりがありますが、程度を考え、「人とかかわるのがメインの仕事」ということで上の二つが向かないと考えました。

 

私で言うとどうなるのでしょうか。

 

なんだろうな……。

働くことが嫌っていうのもいろいろあると思うけどね。

例えば「責任を負うのが嫌」とか「時間が制限されてるのが嫌」とか。

 この嫌なことが大きく影響する職種を挙げておいたらいいんじゃないかな。

 

正直、それぞれの職種ってどんな人でもやっていればある程度適応していくと思います。

なので、自分が特にストレスを受ける職種は候補から外しておくべきだと思います。

今あなたが嫌だと思っていることは今後もきっと嫌だと思うでしょう。

かくいう僕も、職種に慣れたものの、急に人とかかわることが好きになったりはしませんでした。

 

好きなことリストと照らし合わせる

あとは、好きなことリストのものを仕事にすると仮定した場合、2で挙げたことが大きくかかわりそうなものは思い切って削除してしまいましょう。

僕は下のようになりました。

 

絵を描くこと

小説を書くこと

レジン

マンボウの研究

・分厚い本を読むこと

・ゲーム

Youtubeを見ること

ドール

・読書

ブログ

・食べること

 

かなり多く残ってしまいましたが、これは自分が興味があるもの、かつてハマっていたものなので、これを参考に業界を探してみましょう。

僕の経験則ですが、「やってりゃ興味が出てくるでしょ」って思いながら知らない業界に行っても、本当に興味が湧きません

知識がついても何かを成し遂げても、全くやりがいを感じませんでした。

 

なので、職は条件よりも自分に何に興味があるかで探すのが良いと思っています。

 

アマちゃんはどうだった?

 

ステップ3で私の好きなことリストが全滅しました。
どうすればいいですか?

 

僕が聞きたいです。

 

以上。